"約束"から"合意"へ :子どもとの本物の関係づくりが教室を変える
先生、◯◯って言ってたじゃん!!
…コソッ…(先生って、よく嘘つくよな…)
教室で、この言葉を聞いた瞬間、あなたの背筋に冷たい何かが走ったことはありませんか?
私も初任の頃、この言葉を聞くたびに胃がキュッ…と縮む感覚がありました。
そして、次第に
「…これって、約束していい内容か?」
「そもそも、何が約束になるん…?」
さらには
「約束をしないように気をつけよう…」
「言質を取られないようにしなきゃ…」と、
子どもとの関わりに緊張感が漂うようになってしまいました。
実際に、ネットでよく見る「やんちゃ対応」として
「やんちゃ君とは安易に約束しないようにしましょう」
「彼らは言葉尻をとってきます」
「その約束を破ってしまうと、もうやんちゃ君は教師の言う事を聞かなくなります。信頼を失います」
などと書いてあるでしょう。
その「やんちゃ対応法」が正しいかどうかは置いといて、教師が「約束」という概念を使うには、慎重になっておくべきことは事実です。
そもそも「教室における約束」って、
何でしょうか?
私は、その本質を
「一方が他方に示す条件」
だと捉えています。
「約束」という概念は、
「教師が子どもを管理する」という一方向の関係だけでなく、
「児童が教師の一挙手一投足を監視し、矛盾を探す」
というどちら側にとっても
「ちょいネガティブ」
な結末に向かっていくように思えてならないのです。
※「個人:教師」と「集団:子ども」という前提の話です。
「個人:教師」と「個人:子ども」のケースのことではありません。
そして、その延長線上には
「言葉尻をとられまいと緊張する教師」
と
「先生の矛盾を見つけて指摘したがる子どもたち」
という、
どちら側にとっても居心地の悪い教室ができあがってしまう。
教師は完璧でいなきゃって思い込むし、子どもたちは先生の失敗を探す探知機みたいになってしまう。
これって、お互いにとって不幸なことじゃないですか?
私は基本的に、教師と児童との信頼関係構築において
重要なのは「約束」より「合意」
だと思っています。
そこで今回の記事では、
そのことについて詳しく書いていきますね。
※本記事は以下の記事の実践編です。具体的な事例を紹介します。
「約束」と「合意」の決定的な違い
「約束」と「合意」。
一見似ているように見えるこの2つの概念には、
教室の空気を変える決定的な違いがあります。
約束 = 一方的な条件設定
= 『言葉のブーメラン爆弾』のようなもの
- 教師が子どもに示す「条件」
- 子どもが教師を「監視」する口実
- 「守る・守らない」の二択
- 破られると「信頼関係崩壊」の危機
合意 = 双方向的なプロセス
= 『歩み寄りの署名』のようなもの
- 教師と子どもが共に創る「関係性」
- お互いの立場を尊重する「対話」
- 状況に応じて「調整可能」
- むしろ調整するプロセスこそが信頼関係を深める
この両者の違いは、単なる言葉遊びではありません。
教室での具体的な関わり方、子どもとの信頼関係の質。
そして何より、あなた自身の教師としての在り方を根本から変える、パラダイムシフトとも言える違い。
「どうして約束ではダメなの?」
と思われるかもしれませんね。
科学的には、人間関係の構築に重要な役割を果たす「オキシトシン(絆ホルモン)」は、互いに認め合い、共に何かを創り上げるような関係性の中で分泌されることが分かっているそうです。
一方、常に監視され評価される関係では、ストレスホルモンが優位になり、信頼関係の構築が難しくなってしまう。
スティーブン・コヴィーによる名著『7つの習慣』によれば、真の合意形成は両者が共に満足する結果を目指す『Win-Win』の思考から生まれるそう。
また、同じく名著の『影響力の武器』によれば、互いの歩み寄りを示す方が、相手も同様に歩み寄る可能性が高まるそうなんですね。
これにより、「監視する・される」という緊張関係から、「共に創る」という協力関係へと転換できると感じています。
ハッキリ言って、これはチャンス。
いや、大チャンスです。
どんなに経験が浅くても、授業スキルが足りないと悩んでいても。
この「合意形成」という視点を持つことで、
ベテランよりも柔軟に、子どもとの新しい関係性を構築できる
ということ、だからです。
5段階の合意形成プロセス
ここからは、明日からすぐに使える「合意形成プロセス」について、5つのステップで詳しく説明しますね。
このプロセスを意識して取り組むと、子どもが教師を
「監視するチェックマン」から
「歩み寄りの練習生」みたいな立場に変えてくれます。
(うまく表現できませんが協力関係になっていく、というわけですね)。
1. 受容と傾聴のステップ
まず何よりも大切なのは、子どもの要望や期待をまずは否定せず「受け止める」こと。
これは「監視する・される」関係から抜け出す最初の一歩です。
子どもが教師を監視したくなるのは、自分の意見が聞き入れられないと感じているからかもしれません。
以下に、私のクラスでよくある「合意形成」の事例を見ながら説明してみましょう。
NGワード例:
- 「それは無理」
- 「今は考えられない」
- 「また今度にしよう」
OKワード例:
- 「それはいいね、もっと詳しく教えて」
- 「どうしてそう思ったの?」
- 「そういう考え方もあるね」
【実際の会話例】
児童「先生。僕たちお笑い係で、みんなを笑わせるためお笑いライブをしたいんです!」
私「お笑いライブ?みんなを楽しませるアイデアを考えたんだね!ナイス!どんな風にやりたいか、もう少し具体的に教えてくれる?」
このステップでのポイントは、まず「否定しない」こと。たとえ実現困難だと思える要望でも、まずは子どもの気持ちに寄り添い、その背景にある思いを理解しようとする姿勢が重要です。
「なぜそれが欲しいのか」「どんな風に実現したいのか」といった質問で、子どもの本当の願いを探ります。
2. 透明性と誠実さのステップ
次に、実現可能性について正直に伝えます。
ここで大切なのは、「できない」と切り捨てるのではなく、「どこならできるか」を一緒に考える姿勢。まずはこちらから歩み寄る、と考えると分かりやすいと思います。
このステップは、教師が「完璧なふり」をせず、限界や制約も誠実に伝えることで、子どもからの「監視行動」を和らげる効果がある印象です。
NGワード例:
- 「絶対にやる」
- 「必ずできる」
- 「間違いなく」
OKワード例:
- 「チャレンジしてみよう」
- 「一緒に考えてみよう」
- 「可能性を探ってみよう」
【実際の会話例】
私「クラスを盛り上げようとする気持ち、すごく素敵だと思うよ。ただ、正直なところ、いくつか考えなきゃいけないことがあるんだ。」
「他の係の子たちも『自分たちもやりたい!』と言っていたし、君たちだけに許可するわけにはいかないしなぁ…」
「でも、どうしたらみんなが納得できる形でお笑いも取り入れられるか、一緒に考えてみない?」
児童「うーん、じゃあ、学級会の時間の最後とか…」
このステップでは、「絶対」や「必ず」といった言葉を避け、可能性を探る言葉を使うことがポイントです。個人的には、これにより「約束」という「言葉の重さ」による緊張感から解放された…とぐっと気持ちが楽になりました。
3. 共同調整のステップ
ここでは、子どもと一緒に妥協点や実現可能な形を見つけていきます。
「あなたは何ができる?」「担任には?」という責任の分担も含めて話し合います。
子どもが「教師を監視するチェックマン」から「歩み寄りの練習生」みたいな立場にスライドできるかどうかは、この部分にかかっている、とも言えます。担任は、全てを引き受けません。担任は、彼らの成長のサポート役でしかない。そこを常に意識しましょう。
NGワード例:
- 「先生が決めるからね」
- 「これでいくよ」
OKワード例:
- 「どっちがいいと思う?」
- 「他にアイディアある?」
【実際の会話例】
私「そうだね、時間を考えると、①学級会の最後の5分間か、②帰りの会の一部か、どっちが良いと思う?」
児童「帰りの会がいいです!」
私「帰りの会だと、時間は限られるけど…頻度はどうする?毎週は難しそうだけど、月に1回とか?」
児童「最初は月1回から始めて、上手くいったら隔週にしたいです!」
私「なるほど。それと、出演メンバーはお笑い係だけ?他の子たちにもチャンスはある?」
児童「最初は僕たちだけど、他の子も「ゲスト」で呼んでもいいかも!」
このステップでは、子どもに「選ぶ権利」と「責任」を与えることで、主体性を育みます。教師が全てを決めるのではなく、共に創り上げる過程が重要なんですね。
4. 相互責任の明確化ステップ
次は、それぞれの責任範囲を明確にします。
これは「約束」ではなく「お互いの役割」として整理することがポイント。このステップで、「先生が守るべき約束」ではなく「みんなで実現する計画」という意識に変わります。3、に続いて重要な視点です。
NGワード例:
- 「約束したじゃない」
- 「言ったことは守って」
OKワード例:
- 「状況が変わったね、どうしよう?」
- 「一緒に考え直そうか」
【実際の会話例】
私「じゃあ確認するね。月に1回、帰りの会の最後の5分間を使って、お笑い係の発表タイムを設けること。内容はお笑い係が考えること。先生は時間の確保と、内容の事前確認をすること。これで合ってる?」
児童「はい!」
私「もし発表内容がクラスのルールに合わないとか、準備不足だったりしたらどうする?」
児童「その回はスキップして、次の月にしっかり準備します」
私「そうだね。あと、他の係からも『私たちも発表したい』という要望が出てきたらどうする?」
児童「順番に発表の機会を作れば良いと思います!」
このステップでは、起こりうる問題についても前もって話し合うことで、後から「約束が破られた」という感覚を避けることができます。
子どもたちが「先生の言動の矛盾を探す」のではなく、「計画の調整に参加する」という建設的な関係を築けます。
5. 柔軟な再交渉ステップ
最後に、状況が変わった時のための「再交渉」の余地を残しておくことが重要です。
これにより、「約束を破った」というネガティブな感覚ではなく、「新しい状況に対応する」というポジティブな感覚に変えることができるはずですよ。
このステップが、子どもの「監視行動」を根本から解消する鍵となります。
NGワード例:
- 「約束したじゃない」
- 「言ったことは守って」
OKワード例:
- 「状況が変わったね、どうしよう?」
- 「一緒に考え直そうか」
【実際の会話例】
私「あと、もし何か問題が起きたり、クラスの様子を見て調整が必要になったりしたら、また話し合おうね。うまくいけば、回数を増やしたり、他の係の発表も取り入れたりと、発展させていけるかもしれないね」
児童「わかりました!面白くて、みんな笑顔になるような発表を考えます!」
このステップでは、変更の可能性を前提としておくことで、予定通りにいかなくても、それを「失敗」ではなく「調整の機会」と捉え直すことができます。
子どもたちも「先生の矛盾を指摘する」のではなく、「状況の変化に対応する」という柔軟さを学びます。
これはかなり大切な視点。次年度に「◯◯先生は約束を守ってくれたのに、、、」みたいな状況を回避することにも繋がる。
※余談ですが、「状況の変化に対応する」術を身につけることは、学校教育のなかでもかなり上位に位置する「身につけたいこと」だと感じてます。
「約束の奴隷」は疲弊する…「合意の形成者」を目指そう
誤解しないでほしいのは、
「約束」がダメなわけではないということ。
むしろ信頼関係がしっかりと築かれていれば、「約束を破ってしまった、、、どうしよう、、、」と信頼関係の崩壊に怯えることなく、素直に「ごめんね…」と謝ることができます。
その結果、教師が必要以上に気を張る必要がなくなり、
より自然な関係性の中で
クラス運営を進めることができるのです。
この「合意形成」の視点は、
単なるテクニックではありません。
子どもを「管理する対象」ではなく
「話せば分かってくれる仲間」と捉えるという、
教育の本質に関わる視点の変換、
と言えるかも知れません。
そして、なにより重要なのは、
教師自身が解放されることです。
「言葉尻をとられないように」と常に緊張している必要はありません。
「完璧な教師でなければならない」という重圧から解放されます。
「約束を守れなかった」という罪悪感に苛まれる必要もありません。
代わりに、子どもと共に成長し、
共に教室を創り上げていく喜びを
感じることができるでしょう。
どんなに経験が浅くても、
授業スキルが足りないと悩んでいても。
この新しい視点を柔軟に取り入れることができます。
ベテラン教師よりも、むしろ可能性に満ちているのです。
明日から、あなたの教室で
「合意形成」のプロセスを
少しずつ実践してみてください!
きっと、子どもたちとの関係が、
そして教室の空気が変わり始めるはずです。
完璧を目指す必要もありません。
大切なのは、「1つのこと」を変える勇気。
あなたなら、きっとできます。
応援しています^^
※「視点を変える」ことは本当に重要です。私としては「スキルを身につける」より先に「視点を整える」の方が先なんじゃないか?ぐらいまで思ってます。以下で詳しく書いてます。
追伸
まだ若手の頃、私のクラスに「マサキ(仮名)」という男の子がいました。彼は本当によく私の言葉尻をとって、クラスの前で私を窮地に追い込むのが得意でした。まるで私の言動の矛盾を探す専門家のようでした。
「先生、前に『明日、理科室行く』って言ったじゃん。なのに行かなかったよね」 「先生、『今日は5時間目に図工やる』って言ったのに、算数になったよね」
最初は必死に弁解していました。
「そんなつもりで言ったんじゃない」「状況が変わったから仕方ない」と。でも、それが余計にマサキの反応を強めていたことに気づいたのはずっと後のことです。彼にとって、私の言い訳は「当たった」証拠のようなものだったのでしょう。
ある日、職員室で先輩に愚痴をこぼすと、彼はこう言いました。
「マサキくんが君の言ったことをそんなに覚えているってことは、お前の言葉をよく聞いているってことなんじゃないか?」
その言葉で、私の中で何かが変わりました。
マサキは「敵」ではなく、私の言葉に耳を傾け、私との約束を大切にしている子どもだったのです。彼の「監視行動」は、実は「先生との関係を大切にしたい」という気持ちの裏返しだったのだ、と捉えるようにしました。
次の日から、私はマサキとの関わり方を変えました。例えばちょっとしたこと。給食の配膳の仕方について相談したり、学級会のテーマを一緒に考えたり。『これ、どう思う?』『どうしたらいいと思う?』と彼の意見を求めることを増やしました。
私が間違ったり、事前にしていた『約束』を違えてしまった場合には、しっかりと謝りました。
私が一方的に『約束』を提示するのではなく、状況を共有し、一緒に『合意』を形成していくスタイルに変わったのです。『監視される対象』から『一緒に解決する仲間』へと、私の立ち位置が変わったのです。
あるとき、気がついたらマサキが私の言葉尻をとることはほとんどなくなっていました。もちろん、(私は忘れっぽいので)大事な連絡や、急な時間割の変更を伝え忘れてしまったり…ということは何度もやってしまいました。それどころか、「絶対にできるはず!」と確信していたのに、すでに結んだ『約束』を違えてしまうことすらもありました。
代わりに、「先生、◯◯するって言ってたけど、できる?もし無理なら別の方法考えようか」と言ってくれるようになったのです。「監視者」から「協力者」へと、彼の役割が変わったのです。(むしろ、彼は「先生はよく記憶喪失になるからねw」と、私をイジるようにもなってしまいました…笑)
教室の空気も変わりました。私自身の緊張が解けたことで、子どもたちとの会話が自然になり、笑顔が増えました。「完璧な教師」を演じる必要がなくなったことで、本来の私らしさも出せるようになりました。
私たち教師は「約束の奴隷」である必要はありません。子どもと共に教室を創る「合意の形成者」になることで、より豊かな教育環境を実現できるのです。
もし今、あなたが「言葉尻をとられる」ことに悩んでいるなら、ぜひこの「5段階の合意形成プロセス」を試してみてください。そして、あなた独自の「合意形成」のスタイルを見つけてください。
子どもたちとの関係が変わり始めた時、きっとあなたは教師としての新たな喜びを発見することでしょう。
あなたのクラスの状況や具体的な場面での対応について、何か質問や相談があればいつでも連絡ください。実践の中で一緒に考えていきましょう。